38歳・45歳・48歳で3人の子を授かった話|家計管理を本気で考えるようになったきっかけ

家族のこと

はじめに

このブログは節約や家計見直しをテーマにしています。しかし、なぜ私がこれほど家計管理にこだわるようになったのか。その原点をまだお話ししていませんでした。

私には3人の子どもがいます。

長女が生まれたのは私が38歳、妻が29歳のとき。長男が生まれたのは私が45歳、妻が36歳のとき。次女が生まれたのは私が48歳、妻が39歳のときです。

世間的に見れば、決して若い年齢での出産・子育てではありません。それでも私たちは3人の子どもを授かることを選びました。

その背景には、長女の病気と将来への想い、そして妻の強い願いがありました。そして3人目を授かったタイミングで、私は本気で家計管理と向き合うようになりました。今回は、節約とうちゃんがなぜ家計管理にこだわるようになったのか、その原点をお話しします。

第1章:長女の誕生と、その後の不安

① 38歳で迎えた長女の誕生

長女が生まれたのは、私が38歳、妻が29歳のときでした。

待望の第一子。生まれてきてくれたことへの喜びは何物にも代えがたいものでした。しかし長女は生まれたときから、右目付近に痣がありました。

スタージウェーバー症候群という、生まれつき顔面・脳・眼に血管腫が生じる先天性の疾患です。詳しい経緯は別の記事でお伝えしましたが、3歳頃まで続いた痙攣発作、顔の痣を消すためのレーザー治療、知的発達への影響。私たち夫婦は子育ての最初の段階から、大きな不安と向き合うことになりました。

② 「この子一人だけを育てていこう」

長女の病気と向き合う中で、妻にはある強い気持ちがありました。

「この子一人だけを、しっかり育てていこう。」

長女の病気に向き合うことだけで精一杯でした。次の子どもを持つという考えは、当時は夫婦ともにありませんでした。長女の発作・治療・通院、そして将来への不安。目の前のことに向き合うだけで、私たちの日々は過ぎていきました。

③ 変化が生まれたのは、長女が小学校に入った頃

長女が小学校に入り、通常学級に通えるようになり、少しずつ落ち着いた生活を送れるようになってきた頃、私たち夫婦の中にひとつの考えが生まれてきました。

「長女に兄弟がいた方がいいのではないか。」

将来、私たち夫婦がいなくなった後も、兄弟同士で助け合える関係があれば、長女にとって心の支えになるかもしれない。そう考えるようになったのです。

「一人だけを育てていこう」と決めていた気持ちが、少しずつ変わっていきました。

第2章:長女のために、同性の兄弟を

① 7年後に迎えた長男の誕生

長女が生まれてから7年後、長男が生まれました。私が45歳、妻が36歳のときです。

長女が小学校に入学し、通常学級でなんとか学校生活が送れそうな目処が立ってきた頃、私たち夫婦はようやく2番目の子どもを授かろうという気持ちになりました。

年齢的な不安、長女の病気と向き合いながらの子育てへの不安。様々な思いを抱えながらも、私たちは新しい命を迎える決断をしました。

② 「将来助け合える存在に」

長男を持とうと決めた理由は、長女の将来を見据えたものでした。

私たち夫婦がいなくなった後も、兄弟同士で支え合える関係を作っておきたい。長女一人に将来を背負わせるのではなく、兄弟で分け合えるようにしたい。そういう想いがありました。

③ 長男も小学1年生で1型糖尿病を発症

しかし長男もまた、小学1年生の夏休みに1型糖尿病を発症しました。詳しい経緯は別の記事でお伝えしましたが、長女の病気を経験していた私たち夫婦にとって、長男の発症は二重の衝撃でした。

「長女のために」と願って授かった長男もまた、病気と向き合うことになる。運命の巡り合わせを感じずにはいられませんでした。

それでも長男は病気に負けず、サッカーを続け、目標の高校に合格しました。長女・長男ともに、それぞれの病気と向き合いながら、自分の人生を歩んでいます。

第3章:妻の強い希望で3人目へ

① さらに3年後、次女の誕生

長男が生まれてから3年後、次女が生まれました。私が48歳、妻が39歳のときです。

2人目の長男を授かったとき、当初は「これで十分」という思いもありました。しかし妻には、もうひとつ強い願いがありました。

② 「同性の姉妹がいた方がいい」

妻には、こんな思いがありました。

「長女の次に生まれたのが女の子だったら、3人目は考えなかったかもしれない。」

長男という兄弟ができたことは、長女にとって大きな支えになります。しかし将来、本当に助け合えるのは同性の姉妹ではないか。妻はそう考えていました。

将来助け合うには同性の姉妹がいた方がいい。これは妻の強い希望であり、私たちは3人目にチャレンジすることを決めました。

もちろん、3人目が女の子として生まれてくる確証はどこにもありませんでした。しかし仮に男の子だったとしても、3人で助け合って生きていってくれれば。そんな思いも私たちの中にはありました。性別にかかわらず、「3人」という数自体が、将来の助け合いの基盤になると考えていたのです。

③ 高齢での3人目への不安

正直に言うと、高齢になってから子どもを3人持つことには、経済的な大きな不安がありました。

年齢を重ねるほど、教育費や将来の生活費への不安は大きくなります。私自身、3人目を授かることを決断するまでに、何度も心の中で迷いがありました。

しかし妻には強い思いがありました。

「子育てで苦労しても、子どもが大きくなったときの喜びの方が大きいはずだ。」

その言葉に、私は背中を押されました。

さらに妻はこうも言ってくれました。

「あなたが仕事をリタイアしても、子育てがひと段落したら私がフルタイムで仕事を頑張る。」

この言葉は、経済的な不安を抱えながらも前に進む大きな力になりました。

④ こうして次女が誕生した

妻の強い願いと、その言葉に支えられて、私たちは3人目の子どもを授かることを決断しました。

そして長女・長男に続き、次女が誕生しました。これで私たちは3人の子どもを持つ家族になりました。

第4章:妻はフルタイムで働けなかった

① 子育てに全てを注いだ妻

長女・長男・次女と3人の子どもを育てる中で、妻は生活のすべてを子どもへの愛情を注ぐことに費やしてきました。

特に長女・長男の病気のこともあり、妻は子育てを優先する生活を選びました。フルタイムの職に就くことはありませんでした。3人の子育てと、長女・長男それぞれの通院・治療への対応。それだけで日々がいっぱいになる生活でした。

② 家計を支えるのは私の役割に

妻が子育てに専念する分、家計を支えるのは主に私の役割になりました。

しかし同時に、私には別の課題がありました。妻は家計管理が苦手なタイプでした。3人の子どもを育てながら、家計のやりくりも妻に任せるというのは、現実的に難しい状況でした。

「自分が家計をしっかり管理しなければ。」

そう強く思うようになったのは、この頃からです。

③ 3人目を授かったことが、本気で家計と向き合うきっかけに

3人目の次女を授かったとき、私は改めて家計管理の重要性を痛感しました。

3人の子どもを育てていくための教育費、生活費、将来への備え。妻がフルタイムで働けない以上、私一人の収入で3人の子どもを支えていく必要がありました。

高齢になってからの3人目という事実も、私の中での危機感をより強くしました。

「このままではいけない。本気で家計を見直さなければ。」

そう決意したのが、まさにこの時期でした。

第5章:「お金の大学」との出会い

① 家計管理を本気で考え始めた頃

3人目の次女を授かり、本気で家計管理と向き合おうと決意した私は、節約や家計管理について調べるようになりました。

固定費の見直し、無駄な支出の削減、資産形成の方法。様々な情報を集めながら、自分なりに家計管理の方法を実践していました。実は当時すでに、私は日本通信やマネーフォワードを使っていました。「なんとなくお得そう」「便利そう」という理由で始めていたものでしたが、結果的にこれらは家計の節約に大きく貢献していました。

② 両学長の「お金の大学」との出会い

そんな中で出会ったのが、両@リベ大学長の著書「お金の大学」でした。

この本では、「貯める力・稼ぐ力・増やす力・守る力・使う力」という5つの力を高めることで、お金の悩みから自由になるという考え方が紹介されています。

本を読み進める中で、私は驚きました。両学長が推奨している節約方法の中に、私がすでに実践していた日本通信やマネーフォワードが含まれていたのです。

③ 「答え合わせ」のような感覚

「お金の大学」を読んだとき、私が感じたのは新しい知識を得たという感覚よりも、「答え合わせ」をしているような感覚でした。

自分がなんとなく実践してきたことが、お金の専門家が推奨する方法と一致していた。この事実は、私に大きな自信と確信を与えてくれました。

「自分の家計管理の方向性は間違っていなかったんだ。」

そう感じられたことで、私はより本格的に家計管理・節約に取り組む決意を固めました。その後、リベシティ(両学長が運営するオンラインコミュニティ)にも入会し、より体系的にお金の知識を学ぶようになりました。

④ 3人の子どもを育てるための家計管理

3人の子どもを育てていくためには、これまで以上にしっかりとした家計管理が必要でした。

このブログで紹介してきた日本通信・楽天カード、そしてこれから紹介する予定のマネーフォワードは、以前から自分なりの情報収集で有効だなと感じて選択をしてきたものです。しかし、現在行っているすべての節約の取り組みは、この時期の決意から始まっています。

高齢になってから3人目の子どもを授かったこと、妻がフルタイムで働けなかったこと、そして「お金の大学」との出会い。これらすべてが重なって、今の「節約とうちゃん」としての活動につながっています。

まとめ|家族の形が、節約の原点になった

最後まで読んでいただきありがとうございます。

この記事では、38歳・45歳・48歳という年齢で3人の子どもを授かり、その過程で家計管理を本気で考えるようになった経緯をお伝えしてきました。

出来事内容
長女誕生私38歳・妻29歳。スタージウェーバー症候群と向き合う
「一人だけを育てよう」長女の病気に向き合うことに専念
長女が小学校へ通常学級進学の目処が立ち、2人目を考え始める
長男誕生私45歳・妻36歳。長女のために兄弟を
長男の発症小学1年生で1型糖尿病を発症
次女誕生私48歳・妻39歳。妻の強い希望で3人目へ
妻の選択子育てを優先し、フルタイムでは働かず
家計管理への決意自分が家計をしっかり管理しようと決意
「お金の大学」との出会いすでに実践していたことへの「答え合わせ」

① 妻の言葉が今も支えになっている

「子育てで苦労しても、子どもが大きくなったときの喜びの方が大きいはずだ。」

「あなたが仕事をリタイアしても、子育てがひと段落したら私がフルタイムで仕事を頑張る。」

高齢になってからの3人目という大きな決断のとき、妻がかけてくれたこの言葉は、今も私の中で大切な支えになっています。

② 節約は、家族を守るための手段だった

このブログでは節約・家計管理の実体験を数多くお伝えしてきました。日本通信、自動車保険、楽天カード、楽天モバイル。

これらすべての取り組みの原点は、3人の子どもを育てていくという決意にありました。節約は単なるお金の話ではなく、家族を守るための手段だったのだと、今振り返って改めて感じています。

③ 同じように悩んでいる方へ

高齢になってからの出産・子育てに不安を感じている方、家計管理に悩んでいる方、配偶者がフルタイムで働けない状況にある方。

もしこの記事を読んでくださっているなら、こんな家族の形もあるということを知っていただければと思います。不安を抱えながらも、その時々の決断を重ねていくことで、今の生活があります。

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※本記事は筆者の実体験をもとにした内容です。

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